回答市区町村名 | 湧水の名称 | 所在地 | 概要等 |
アクセス制限 ◎:可 ○:可(制限有り) ×:不可 -:不明 |
湧水保全活動 | 湧水写真・位置図 | |
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名称 | ふりがな | ||||||
那覇市 | 宝口桶川 | たからぐちひーじゃー | 首里儀保町4-71-2付近 |
宝口樋川は首里儀保町に位置し、近年史跡に指定された樋川で史跡整備されております。コーラルの道路及び階段を下ると、同樋川に至り、石灰岩の露出した壁面に排出口が取り付けられています。史跡周辺は環状2号線沿いの住宅街になっており、手洗い等の利用が有ります。 水質は、水素イオン濃度(pH)が7.6と中性~弱アルカリ性である。溶存酸素(DO)は7.5mg/lとかなり豊富でほぼ飽和状態と思われる。浮遊物質量(SS)は |
◎ | 年1回水質調査を行っている。 | |
那覇市 | 坊主川 | ぼうじがー | 繁多川2-17-44付近 |
那覇市繁多川に存在する湧泉。ボージガーの名は、以前近くにあった寺にちなんだものと言われています。琉球国時代には、非常に美味で豆腐作りにも利用されたそうです。しかし、現在のボージガーはその水からの異臭(硫化物臭)を発しており、その水質の悪化がかなり深刻である。 水質は、水素イオン濃度(pH)が7.2とほぼ中性付近を示した。溶存酸素量(DO)は3.7mg/lと少なく、化学的酸素消費量(COD)は3.7mg/l、大腸菌群数は2.4×104MPN/100ml、総窒素(T-N)は11.6mg/lであった。前年度同様、化学的酸素消費量、大腸菌郡数及び総窒素は高い傾向にある項目もあり、水質は未だ良い状態ではなく湧水に近づくと異臭(硫化物臭)を発しているため、今後も継続的監視の必要性がある。 |
◎ | 年1回水質調査を行っている。 | |
那覇市 | 坂中桶川 | ふぃらなかひーじゃー | 字天久1174付近 |
坂中(フィラナカ)樋川は、国道58号線(天久-上之屋付近)の西側を南北に走る岩崖地の西側斜面に位置する樋川である。水は巨岩の間より湧き出している。蛇口が設置され、日常的に人の利用がある涌水である。湧口上部のガジュマルの根元には、石碑が設置され拝所にもなっている。 水質は、水素イオン濃度(pH)が7.7と中性~弱アルカリ性を示した。溶存酸素(DO)は6.6mg/lを示し、化学的酸素要求量(COD)は3.1mg/l、浮遊物質量(SS)は |
◎ | 年1回水質調査を行っている。 | |
宜野湾市 | 野嵩クシヌカー | のだけくしぬかー |
沖縄県宜野湾市 野嵩西門原 |
生活用水や産水、若水等に使用されていた。 市指定史跡 | ◎ | 地域関係者、宜野湾市教育委員会による定期的な清掃を実施。 | |
宜野湾市 | 喜友名泉(ウフガー・カーグヮー) | ちゅんなーがー(うふがー・かーぐゎー) |
沖縄県宜野湾市 喜友名下原 |
牛馬の水浴びや正月の若水等使用した。 国指定 重要文化財 | ○ | 地域関係者、宜野湾市教育委員会による定期的な清掃を実施。 | |
宜野湾市 | 森の川 | むんぬかー |
沖縄県宜野湾市 真志喜富盛原 |
最初に中国と正式な貿易を開始した察度誕生に関連する羽衣伝説が残る。県指定 名勝 | ◎ | 地域関係者、宜野湾市教育委員会による定期的な清掃を実施。 | |
宜野湾市 | 大謝名メーヌカー | おおじゃなめーぬかー |
沖縄県宜野湾市 大謝名前原 |
生活用水や産水、若水等に使用されていた。湧泉に下りる石畳道も残る。 市指定天然記念物である淡水紅藻が生息する。市指定史跡 |
◎ | 地域関係者、宜野湾市教育委員会による定期的な清掃を実施。 | |
宜野湾市 | 我如古ヒージャーガー | がねこひーじゃーがー |
沖縄県宜野湾市 我如古前原 |
市指定有形民俗文化財 | ◎ | 地域関係者、宜野湾市教育委員会による定期的な清掃を実施。 | |
浦添市 | 東ガー | あがりがー | 浦添市西原4丁目うがんやま公園内 | 村井。別名ウブガー。産水、若水を汲んだ。昭和56年3月2日に浦添市の指定文化財に史跡として指定されている。 | ◎ | 市の文化財に指定。清掃、管理。 | 写真 |
浦添市 | 安波茶樋川 | あはちゃふぃーじゃー | 浦添市安波茶2丁目内閣府浦添宿舎西側 | 現在も参拝がある。産水、若水を汲んだ。平成14年3月1日に浦添市の指定文化財に史跡として指定されている。 | ◎ | 市の文化財に指定。清掃、管理。 | 写真 |
浦添市 | 仲間ヒージャーガー | なかまひーじゃーがー | 浦添市仲間2丁目浦添中学校北側 | 村井。産水を汲んだ。平成14年3月1日に浦添市の指定文化財に史跡として指定されている。 | ◎ | 市の文化財に指定。清掃、管理。 | 写真 |
名護市 | 潮平川湧水 | すんじゃがーゆうすい | 名護市屋部736-2 | 嘉津宇岳一帯をかん養域とし雨水等の浸透水が水源となり、海岸部より湧き出てる水量豊富な湧水である。 | ○ | 水源水質の管理・監視のため、毎月、数項目の水質検査を行い、毎日の巡視点検を行っている。 | |
糸満市 | 嘉手志川 | かでしがー | 糸満市字大里 | 今でも豊かな水量が湧き出ていて、干ばつのときにも枯れることがない。 | ◎ | ||
糸満市 | シリーンカー | しーりんかー | 糸満市字糸満 | ◎ | |||
糸満市 | コビガー | こびがー | 糸満市字大里 | ◎ | |||
糸満市 | クラガー | くらがー | 糸満市字宇江城 | - | |||
糸満市 | アガリガー | あがりがー | 糸満市字真栄平 | 灌漑用水の一部雑用水として利用されている。 | - | ||
糸満市 | シラカー | しらかー | 糸満市字真壁 | - | |||
糸満市 |
喜屋武泉 (江本之泉) |
きゃんがー (えもとのいずみ) |
糸満市字喜屋武 | 喜屋武貝塚内にある湧水で干ばつにも涸れることもなく区民の生活水として使用されてきました。 | - | ||
糸満市 | 潮平ガー | しおひらがー | 糸満市字潮平 | 平成9年12月に県内初の登録有形文化財として登録されました。 | ◎ | ||
糸満市 | 復興乃泉 | ふっこうのいずみ | 糸満市字糸洲 | - | |||
糸満市 | フクラシ泉 | ふくらしがー | 糸満市字米須 | - | |||
糸満市 | 榮泉 | さかえがー | 糸満市字米須 | - | |||
糸満市 | イナミンガー | いなみんがー | 糸満市字糸満 | ◎ | |||
糸満市 | マチンカー | まちんかー | 糸満市字糸満 | 戦前は井戸の北側は広場になっており、そこの露天市場で利用される井戸であった。 | ◎ | ||
糸満市 | カニクグヮーンジョーヌカー | かにくぐゎーんじょーぬかー | 糸満市字糸満 | ◎ | |||
糸満市 | ミーガー | みーがー | 糸満市字糸満 | ◎ | |||
糸満市 | ワカガー | わかがー | 糸満市字糸満 | ◎ | |||
糸満市 | 町ン門ヌカー | まちんじょうぬかー | 糸満市字糸満 | ◎ | |||
糸満市 | アシチャー | あしちゃー | 糸満市字山城 | - | |||
糸満市 | クニシガー | くにしがー | 糸満市字国吉 | ◎ | |||
糸満市 | アカリガー | あかりがー | 糸満市字真栄里 | ◎ | |||
糸満市 | カータガー | かーたがー | 糸満市字真栄里 | ◎ | |||
糸満市 | イリーガー | いりーがー | 糸満市字真栄里 | ◎ | |||
糸満市 | アガリグムイ | あがりぐむい | 糸満市字武富 | ◎ | |||
糸満市 | 照屋カー | てるやかー | 糸満市字照屋 | 昔は石で囲った小さな井戸でしたが、戦後に屋根付きの井戸として整備された。 | ◎ | ||
糸満市 | 糸洲カー | いとすかー | 糸満市字糸洲 | - | |||
糸満市 | ザハガー | ざはがー | 糸満市字座波 | ◎ | |||
糸満市 | ウーカンガー | うーかんがー | 糸満市字糸満 | ◎ | |||
宮古島市 | ヒダ川 | ひだがー | 宮古島市平良字西原 | 宮古島大浦湾奥に位置する。かつては隣接する西原地区住民の生活用水確保の場であり、洗い物等をする作業場がつくられている。現在は使われていない。海岸に近いため、潮位によっては塩水の浸入を受ける。 | ◎ | ||
宮古島市 | 白川田湧水 |
しらかわだゆうすい すさかだーゆうすい |
宮古島市平良東仲宗根添 | 宮古島西部、大野山林の西に位置する。宮古島市最大の遊水池。日湧水量は、隣接・合流する山川湧水と合わせて1500m3に及ぶ。宮古島市水道局の水源地として利用され、一般の立入は制限されている。 | × | 水道水源地であり、立入を厳重に規制している。水道法に基づく水質検査等も行われている。 | |
宮古島市 |
長間大川 別称:山川大川 |
ながまうぷかー やまがわうぷかー |
宮古島市城辺字長間 | 宮古島西部、山川集落の西海岸斜面に位置する。市指定民俗文化財。 | ◎ | 宮古島市が水質モニタリングを行っている。 | |
宮古島市 | 野城泉 | ぬぐすくがー | 宮古島市城辺字福里 | 宮古島南東の浦底漁港に続く下り坂の途中に位置する。市指定史跡。湧水口には石積みにより水場が形成されている(石積みの時期は不詳。13,14Cごろか)。かつては豊富な湧水量を誇ったが、近年は数水量が減少傾向にある。 | ◎ | 東京農業大学宮古亜熱帯農場・中西博士が長期にわたり水質調査を行っている。また琉球大学・藤田博士らによる生物調査が行われている。この湧水でしか確認されていない固有種「ミヤコチスジノリ」(紅藻)が分布するが、絶滅が危惧されている。 | |
宮古島市 |
来間川 別表記:来間泉 |
くりまがー | 宮古島市下地字来間 | 来間島・来間漁港に隣接する。市指定史跡。断崖直下の小湧水で、S50年に宮古島から海底送水管が敷設されるまで、島民の重要水源であった。 | ◎ | 宮古島市が水質モニタリングを行っている。 | |
宮古島市 |
プイ°キャー 別称:新城湧水 |
ぷい°きゃー あらぐすくゆうすい |
宮古島市城辺字新城 | 宮古島南東の新城海岸に下る途中に位置する。湧水口にコンクリート製のため池が整備されているが、現在は使われていない。 | ◎ | 宮古島市が水質モニタリングを行っている。 | |
宮古島市 | 保良川 | ぼらがー | 宮古島市城辺字保良 | 宮古島南東の保良海岸に下る途中に位置する。かつて湧水は、近隣の保良集落の生活用水として使われていたが、現在では、海岸でのレジャー利用に変わっている。 | ◎ | 宮古島市が水質モニタリングを行っている。 | |
宮古島市 | ムイガー | むいがー | 宮古島市城辺東海岸 | 宮古島南岸のムイガー断崖下に位置する。かつては簡易水道の取水地として利用されていた。現在は使われていない。 | ◎ | 宮古島市が水質モニタリングを行っている。 | |
宮古島市 |
咲田川湧水 別表記:崎田川湧水 |
さきたがわゆうすい | 宮古島市下地字上地 | 宮古島南西・与那覇湾奥に注ぐ湧水。湧水口は複数あるが、その一部は製糖工場の事業用水として利用されている。他の湧水口は公園整備がされている。 | ◎ |
宮古島市が水質モニタリングを行っている。 宮古高校が湧水地の生物調査を行っている。 |
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南城市 | チチンガー | ちちんがー | 南城市大里字大里 | 以前は飲料水として使用されていたが、水道敷設後、現在は一部農業用水として使用。区においては年中行事の際に拝みを行っている。 | ◎ |
南城市教育委員会により管理。 西原区に随時清掃させている。 |
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南城市 | カンチャ大川 | かんちゃうっかー | 南城市知念字志喜屋 |
上志喜屋集落の生活用水として使用され、 現在は農業用水として利用。 |
◎ |
南城市教育委員会により管理。 志喜屋区に随時清掃させている。 |
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南城市 | 知名御川 | ちなうっかー | 南城市知念字知名 |
集落西側にあり、古い井泉と伝わっており、 拝所として多くの参拝客を集めている。 |
◎ |
南城市教育委員会により管理。 個人に随時清掃させている。 |
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南城市 | 具志堅の樋川 | ぐしけんのひーじゃー | 南城市知念字具志堅 | 昭和4年に住民の手で築造された知念大川を水源とする樋川である。正面に吐水口と洗濯場、右側に沐浴場がある。 | ◎ |
南城市教育委員会により管理。 具志堅区に随時清掃させている。 |
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南城市 | 知念大川 | ちねんうっかー | 南城市知念字知念 | 以前は瓦葺きであったが、昭和33年にコンクリート造りに改築された。水量が豊富である。 | ◎ |
南城市教育委員会により管理。 随時清掃している。 |
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南城市 | 上の井 | うぃーぬかー | 南城市佐敷字小谷小谷原 | 昔は産井や生活用水の井戸として重要であり、昭和49年頃まで使用された。今は、営の上水道が配されたので、飲料水以外に利用。 | ◎ |
南城市教育委員会により管理。 小谷区に随時清掃させている。 |
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南城市 | 中の井 | なかぬかー | 南城市佐敷字小谷小谷原 | 明治後期に造られ、洗濯や甘藷洗いに利用されていた。近年まで井から水を汲んで、自家の水がめ等に飲料用水として溜めていた。 | ◎ |
南城市教育委員会により管理。 小谷区に随時清掃させている。 |
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南城市 | 下茂の井 | しむぬかー | 南城市佐敷字小谷小谷原 | 現在は使用されてなく、井底に砂泥がたまっている。字の拝所で、左手に水の神を祀った碑と香炉がある。 | ◎ |
南城市教育委員会により管理。 小谷区に随時清掃させている。 |
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南城市 | 仲村渠樋川 | なかんだかりひーじゃー | 南城市玉城字仲村渠 | 大正元年に津堅島の石工を雇い粟石で築造され、当時は生活用水として使用。現在は農業用水として利用されている。 | ◎ |
南城市教育委員会により管理。 仲村渠区に清掃管理を委託している。 |
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南城市 | 垣花樋川 | かきのはなひーじゃー | 南城市玉城字垣花 | 現在送水管を施設し、飲料水、生活用水として使用。初ウビー等の拝所となっている。 | ◎ | ||
南城市 | 船越大川 | ふなこしうっかー | 南城市玉城字船越 | 4,50年前までは子供達の水浴びや馬アミシ-として利用されていた。現在でも桶の下から水が湧き出ており、夏場でも枯れない。 | ◎ | ||
南城市 | 前川樋川 | まえかわひーじゃー | 南城市玉城字前川 | 主に飲料用水として使用していてまた子供が生まれた場合等も桶井泉を汲んで湯浴させたり、ウブガーとして崇拝されている。 | ◎ | ||
南城市 | 糸数樋川 | いとかずひーじゃー | 南城市玉城字糸数 | 現在はコンクリート造りの貯水槽となっている。 | ◎ | ||
国頭村 | メージンジャナガー | めーじんじゃながー | 国頭村比地 | 現在、この湧水地は民家の近くにあり、昔は飲料水として飲まれていたが、現在は飲料水としては適していないため使用していない。 | ◎ | ||
国頭村 | インリンジャナガー | いんりんじゃながー | 国頭村比地 | 現在、この湧水地は民家の近くにあり、昔は飲料水として飲まれていたが、現在は飲料水としては適していないため使用していない。 | ◎ | ||
大宜味村 | ダチガー | だちがー | 沖縄県国頭郡大宜味村田港 | ◎ | |||
本部町 | 西のハー | にしのはー | 本部町字崎本部の集落内 | 本部町字崎本部の集落内に有、水量は少ない。旧暦の1月1日、5月5日に区が拝む | ◎ | 水量、水質の調査は行っていない | |
本部町 | イズミガー | いずみがー | 本部町字健堅 | 本部町字健堅に有、水量は少ない。旧暦の 5月5日、9月9日に区が拝む | ○ | 水量、水質の調査は行っていない | |
本部町 | へーヌカー | へーぬかー | 本部町字谷茶の集落内 | 本部町字谷茶の集落内に有、水量は少ない | ◎ | 水量、水質の調査は行っていない | |
本部町 | 割井泉 | わりがー | 本部町字渡久地(学校の校庭内) | 校庭内に有、水量は少ない | ◎ | 水量、水質の調査は行っていない | |
本部町 | りージ | りーじ | 本部町字東 | 本部町字東の集落内に有、水量は少ない。 | ◎ | 水量、水質の調査は行っていない | |
本部町 | 大蛇ガー | うふじゃがー | 本部町字伊野波(八重岳の中腹) | 昔は藍染めをする藍をつくっていたが現在は使用していない。水量は少ない | ○ | 水量、水質の調査は行っていない | |
本部町 | 井泉 | はーぐゎー | 本部町字山里 | 現在は使用されてない | - | 管理はされていない | |
本部町 | ウフガー | うふがー | 本部町字大堂 | 一軒の農家により農業用水に利用 | ○ | 水量、水質の調査は行っていない | |
本部町 | ウフガー | うふがー | 本部町字具志堅 | 農業用水等に利用、水量は豊富 | ◎ | 具志堅区により管理され、水量、水質調査は行っていない。 | |
伊江村 | 湧出 | わじ | 沖縄県国頭郡伊江村字東江上4280-2 | ○ | 水道係が維持管理 | ||
読谷村 | 楚辺暗川 | そべくらがー | 読谷村字楚辺 | トリイステーション(旧楚辺集落)の洞穴内にある泉。沖縄音楽の始祖赤犬子(あかいんこ)の誕生に関わる伝説がある | × | 定期的に水質調査 | |
読谷村 | サシジャー | さしじゃー | 読谷村字伊良皆 | 字伊良皆の飲料水となった泉のため、現在でも重要視されており、定期的に字民が清掃を行っている | ◎ | 地域住民による定期的な清掃活動 | |
嘉手納町 | 屋良のシリーガー | やらのしりーがー | 嘉手納町字屋良750 | 古くから利用されてきた井泉で町指定史跡 | ◎ | ||
嘉手納町 | 屋良のヒージャーガー | やらのひーじゃーがー | 屋良城跡公園内 | 古くから利用されてきた井戸で町指定史跡 | ◎ | ||
嘉手納町 | ヌールガー | ぬーるがー | 屋良城跡公園内 | 古くから利用されてきた井戸で町指定史跡 | ◎ | ||
北谷町 | 桃原ガー | とうばるがー | 北谷町字吉原 | いつ頃作られたのかは不明。水量は豊富。現存しているが、戦後コンクリートで高さがつけられ簡単に汲めない。 | ○ | ||
北谷町 | チブガー | ちぶがー | 北谷町字大村 | 米軍提供地内。県道130号線の工事の際に発生した崩落によって埋没。平成16年米軍の文化財保護政策の一環として復元。同年、町の文化財として指定。 | - | ||
北谷町 | 奈留ガー | なるがー | 北谷町字伊平 | 米軍提供地内。桑江ヌ後屋取と伊礼との境界を流れていた河川。 | - | ||
北谷町 | イーヌカー | いーぬかー | 北谷町字吉原 | 集落内では一番上等な井戸だったとのことだが現在の水量は戦前の半分ほどになっているとのこと。 | ○ | ||
北谷町 | インガー | いんがー | 北谷町字砂辺 | 飲料水としてや炊事などに使用していたとのこと。戦前は今より浅く位置も現在より2メートルほど西側だったとのこと。 | ○ | ||
北谷町 | スーガー | すーがー | 北谷町字大村 | 北谷城(チャタングスク)の西麓にある井戸。きれいな澄んだ水であるとのこと。米軍提供地内。 | - | ||
北中城村 | ヒージャーガー | ひーじゃーがー | 荻道西門原26 | 荻道集落の中心部、県道146号沿いにある。大正13年の改修の時、横穴を掘ってから水が良く出るようになり、飲料水や産井戸としても利用するようになったという。 | ◎ | 年1回、水質調査を実施。 | |
北中城村 | アガリヌカー | あがりぬがー | 大城門田原114-1 | 戦後上水道が敷設されるまで飲料水として利用された。旧元旦の若水として汲み、火の神、仏壇に供え、家運隆盛と家族の健康を祈った。 | ◎ | 年1回、水質調査を実施。 | |
北中城村 | チブガー | ちぶがー | 大城門田原142 | 字大城で一番古いカーで、産井戸として使用された。水溜めの石積みが良く残っている。 | ◎ | 年1回、水質調査を実施。 | |
北中城村 | イリヌカー(大城) | いりぬかー | 大城門田原141-1 | 樋から流れてくる水を溜める池や石敷き、周囲の土留め石積みが今も残っている。地下水路も残っている。 | ◎ | 年1回、水質調査を実施。 | |
北中城村 | イーヌカー | いーぬかー | 荻道西門原28 | 昔は地域住民が水浴びや洗濯しながらゆんたくをする憩いの場として利用された。 | ◎ | 年1回、水質調査を実施。 | |
北中城村 | メーヌカー | めーぬかー | 荻道西門原59 | 拝井泉としては、最も古いとされ大正13年にヒジャーガーが改修されるまでは産井戸として利用されていた。 | ◎ | 年1回、水質調査を実施。 | |
北中城村 | タチガー | たちがー | 荻道樋川原485 | 荻道集落の北側にあり水量は豊富で、昔は集落のカーの水が不足した時に、ここまで水を汲みに来た。 | ◎ | 年1回、水質調査を実施。 | |
与那原町 | 与那原親川 | よなばるおやかわ | 沖縄県島尻郡与那原町字与那原556番地 | 天女が産湯をつかったという神話が残されている。また、琉球国王の「お水撫」の儀式を行っていた。 | ◎ | ||
南風原町 | ヒージャーガー | ひーじゃーがー | 沖縄県南風原町字大名80 | ◎ | 町の文化財に指定 | ||
南風原町 | 御宿井 | うすくがー | 沖縄県南風原町字宮城89-1 | ◎ | 町の文化財に指定 | ||
伊平屋村 | 上の川 | うえのかわ | 伊平屋村字島尻 | 昔から使用されている湧水 | ◎ | ||
八重瀬町 | 上ヌカー | ういぬかー | 八重瀬町字高良 | 集落管理、農業用水 | ○ | ||
八重瀬町 | 世持井 | ゆむちがー | 八重瀬町字仲座 | 集落管理、農業用水 | ○ | ||
八重瀬町 | 屋富祖井 | やふそがー | 八重瀬町字具志頭 | 集落管理、農業用水 | ○ | ||
八重瀬町 | カミーガー | かみーがー | 八重瀬町字富盛 | 集落管理、農業用水 | × | ||
与那国町 | 田原水源地 | たばるすいげんち | 与那国町字与那国町2140番地 | 昔から使用されている湧水 | ◎ |